アスガルド物語
プロローグ
北欧
極北の地アスガルド
雪と氷に閉ざされた北の果て、この地上の北の要として
慎ましやかに暮らす人々の世界。
ワルハラ宮殿にすまう、巫女ヒルダことヒルデガルドの祈りをよりしろとしている
北斗七星の輝きは、一層強く天空に浮かび上がり、この最果ての国を見守っているかのよう。
かの地に残る伝説では北斗七星をならう7人の伝説の戦士がこの土地を守り抜くという。
さきに、主権者にして代表たる施政者ヒルダが、海皇ポセイドンにあやつられ、
ギリシア、女神アテナの聖域との間での抗争が勃発した際、伝説とされていた7つの衣が復活し
激闘の果てに、儚くも散っていった・・・
ただ独り影の星アルコルを残して
地上にも、北の国にも一時の平安が訪れていた。
巫女ヒルダは常にワルハラ宮にあって、祈りを捧げ、また政に没頭する毎日を送っていた
うら若き乙女ながら神と国にその身を捧げているヒルダを国民は誰より崇拝していた。
だがその白磁のようなキメ細やかな柔肌の奥での苦悩ははかりしれない
神に対しての刃を向けたこと、民を危機に陥れ、また聖職者としての勤めを放棄して
地上にも危機を及ぼし、伝説の戦士達を悉く死に追いやってしまったのだ
何故、伝説の神闘士がこの現代に復活したのか
ニーベルングの指輪の魔力やポセイドン神の力だけではない
何かがある・・・そう思えてならなかった
あれから既に2年の歳月が流れ
ギリシアの聖域にもはや女神はないという
とてつもない出来事が起きたのだろう
それが聖戦であったことは、巫女であるヒルダには良く分かっていた。
飛び散った108の魔星の波動も、邪な意志も感じられたから。
神の力を具現化した戦士達
今は影星アルコルのバドが一人ひそかにワルハラ宮を警護している。
あくまでも影として生き延びたがために表舞台に立つことを潔しとせず
影として一人
「フレア、貴女にお願いしなくてはならない様です」
「お姉様?」
大きな瞳を少し潤ませたようにした少女は、じっと姉ヒルダを見上げる
「・・・先の争いで、私の愚かさ、弱さから神闘士を失ってしまいました。
この祖国をも、地上をも危機に陥れてしまったのです。
アテナの御力でなんとか御救いいただいたものの」
言葉をゆっくり噛み締めるように、心の内を確認しながら語りかける姉は、どことなくかげろうのよう、そう思える。
「フレア、貴女にこのアスガルドの巫女として、私の跡を引き継いでほしいのです」
「なんてことを、私なんてとても、お姉様のような御力は」
「いいえ、貴女はとても強いのよ。姉としてはこの役目を妹の貴女に背負わせるのはとても辛いのです。ですが、貴女にしか全うできない・・・」
「そんな、お姉様はどうなされたのですか?」
「私は、本来、失われるはずのなかった戦で散っていった神闘士たちの本当の道筋が見えてきた気がするのです」
そう、オーディン神はあえてこの世界に伝説として封じていた戦士達を蘇らせた。
そして、あえて不毛な争いの中に散らせたのではないか
無論、祖国にして土台であるアスガルドを守り抜くことを前提としての復活であったとしても
オーディンは死した戦士達を集め、きたる最終の戦乱に立ち向かう
言葉を失うしかなかったフレア
ゆっくりと微笑んでみせる姉を映すその瞳は潤んでいく
「ハーゲン、ジークフリートたちが・・・」
幼馴染みにして彼女のナイトだったハーゲンは、白鳥座の聖闘士と戦い散っていった
何度も過ちを正そうとしたのに聞き入れず、不毛な戦いを
その白鳥座の聖闘士もまた、北極海からその戦の元凶となった海界へと戦いに出向いていったのだ。
「あの戦いで、ポセイドンは再び眠りについたけど、アテナ様の本当の戦いは冥王ハーデスとのもの」
その聖戦の経過はこのアスガルドにも届いていた。
日食により闇に包まれる・・・その時が過ぎ去った時にヒルダには戦いの終結が感じられた。
だが、アテナは聖域に戻られていないと聴く。
残った僅かな聖闘士が崩壊した聖域を維持して地上の地鎮に当たっている。
「私達の本当の戦いはこれからではないかしら。それもこの世のモノではない戦いになる気がするの」
「お姉様・・・」
「貴女には普通の少女でいてほしいわ。もしもの時にはお願いね」
アスガルドの筆頭である「巫女」には血統による世襲ではなく、力を持ったものへの言霊によってその地位も責務も与えられる。
「そんなお言葉は・・・」
「いいのです。重臣たちにも話しておかなくてはなりません」
もっとも当のヒルダにしてみても、いつそんな事態になるのか
本当に夢ではないのか分かっているわけではなかった。
現実のものだとしても、彼女が出向かなくてはならないものでもないだろう
アテナはハーデスを倒すため、冥界へと向かうためにあえて自害したというが、己も胸に手を当てて身震いする思いはある。
その瞬間にこの地上にある生きとし生けるものの嘆きが木霊したのをハッキリと感じられた。
それでも、我が身の弱さで争いに巻き込んで散らせてしまった七人には申し訳がない。
宮殿の外は猛吹雪。
何もかもが白く閉ざされていく。
その時は、近いのかもしれない。
***
虚空の宮殿が猛吹雪の中に陽炎のように儚く浮かび上がる
天空の風を切ってそこへ飛び込んだのは流星のようだ
「ブリュンヒルデ様、お戻りになられました」
宮殿の主人は玉座にて報告を受け取って静かに頷くと、広間の端、扉に目をやる。
ほどなくして扉が開き、ブロンドの髪を波打たせ、黒い鎧に身を包んだ乙女が兜を左手に抱えて現れた。
「父上、アスガルドより戻りました」
「かの地にはびこる意志は完全に消え去ったな?」
「はい。よもや海皇はアテナ軍により海底深く眠りにつき、故国にはなんら干渉してはおりません」「こ度の任にて、予定されし勇者は全てこのヴァルハラに集いましてございます」
「うむ、現代の北斗七星の戦士達。彼等を解き放つためにあえて海皇めの意に乗ったが、空しいな」
「・・・父上、心中お察しいたします」
深い嘆きに皺を刻んだ巨躯の勇士。彼こそは隻眼の王オーディン。
アスガルドの主神である。
しかしその肉体はない。
幾星霜を越え、存在そのものが魂としてここにあるのみ。
「我が娘よ、姉妹らと共にアスガルド周辺の時空の監視を強めておくれ」
「分かりましたわ。御まかせあれ」
「そしてこ度の7人の戦士達、彼等はそなたに預ける。目覚めさせて任につけよ」
「承知いたしました。我らが王よ」
アスガルド・ストーリーズ
ラグナロック2005
>>第1章 |
|
アスガルド物語・扉 |