「ハイドラ、生きていたのか」
不安と疑惑をかき消して満天の笑顔で駆け寄ろうと走った王子が一瞬青ざめ、ハッと身をかわした。しなやかなバネで左後ろにのけぞる。
「殿下」
「ちっ」
プラチナブロンドの髪が散る。
「貴様っ!」
追撃は近衛の騎士達が盾になり飛び込んだことで叶わず、間ができた。
「貴様、よくもっ!」
瞬時に王子の左右から飛び出した騎士を尻目に、第一戦装の男はゆっくりと弧を描く様に剣を振るう。
「裏切りか!」
「やはりあの時に」
「ふふふ、レプラカーンか、あの戦の中で生き延びた命、ここで果たせ」
「何だとっ!」
「取り乱すな小僧ども」
「何」
「その子供は真の王子にあらず。私は悩み抜いたが、ようやく目覚めたのだ。あの愚劣な僣王ルクマめ、呪われるわ」
「ハイドラ、言うに事欠いて王を愚弄するかっ!」
「それでもラセーヌ騎士かっ!」
「くどい、言ったはず、そのオスカルは王子にあらず、と」
かつての同士に囲まれながらも強気に剣先をうずくまる王子に向ける。
「・・・何を・・・ハイドラ・・・」
「姉上の言っておられたことが、真実となったのかな」
「殿下」
「ハイドラの心の中に日増しに大きくなる黒い影がある。心せよと」
「そして先の大戦にて、こともあろうに敵軍の中にあって我らをはめたのだ。私はこやつと剣を交えた」
「レプラカーン」
王子は凍てついた目で闇を見据えていた。
もはやハイドラは眼中にない。その様子に気付いた騎士達もそちらを見やる。ハイドラへの無論警戒は解いていない。
腰の剣に手を当てて構えたままだ。
カツ・・カツ・・・足音が響く。
「何奴?」
「無礼な、この御方こそ真なるバイストンウェル王家後継者にして我が国の支配者たるキルメス殿下なるぞ」
これでもかというハイドラの自信に満ちた声が朗々と響くなか、その男が常夜灯の下に姿を見せた。
「あのキルメス殿下か・・・」
「ルクマ陛下の姉君の王子・・・されど失踪してこの世にないと」
「ふっ・・邪悪なる人形どもめ。余の手で殺してくれるぞ」
「グランク、タイミングがよかったね、僕ら以外は脱出完了しているだろ」
「御意、ですが・・・」
「貴様は真の王子でないと言うが、我らはこの御方をこそ王と仰ぎ闘い抜くことを誓った。支配者として君主としてふさわしい方だと心から感服しているからだ。」
「万が一にもオスカル様が王子でなかろうとも、我らは殿下を奉じて国王陛下に奉る」
「不遜な言質をとられる台詞だ」
「・・・単に支配することだけを考える貴様等に王としての資格等ない」