「この先、私と天照帝の間で争いがあるのだろうか?」
「陛下!」
「滅多なことを言の葉になされてはなりませぬ」
「だが、今やAKDにあって独立国というのは虫がよすぎるだろう」
ゆったりとしたトーガ姿の国王は家臣とのティータイムの談笑に見せた会議の場を乱す発言を微笑みながら告げた。幾つかの政策等はこういった場で取り決めるのがこのアクシオン王の習わしだった。
議会はあくまで補佐的な儀式である。
「それにね、彼のミラージュ騎士団だ。最近では極秘のうちにだけど何度も出撃している。その度に必ず左右どちらかの部隊を浮遊城に残しているんだ。しかも臨戦体制すらとる時もある。僕がイースの裏と幻大隊を温存しているようにね」
「そ、それは・・・」
「今は星団攻防へ向けての難しい時だ。友軍とはいえ怖いな」
実際にそんなことはまずないと断言できる家臣はいなかった。尤も王としてもそんな言葉を求めている訳ではない。もっとも彼自身が幻像軍団の総帥なのだ。指揮権総てを掌中にし、あえてその地位についている。その点からすれば心配すること事体がナンセンスなのだが。
その日の夜にアクシオンは浮遊城のミラージュパレスへと赴いていた。
週に3日は出向いて業務に追われる。
専用空港から副官等の随員を連れていくのが常であるが、今日は配下のイース騎士二名のみだった。
惑星国家AKDの副盟主であり、幻像軍団の総帥。バイストンウェル王として当然の地位であるが、国政とこちらの全権を掌中に治めるのは並大抵のことではない。多忙どころではなかった。
アクシオンは信頼するブレーンを多岐に亘り持っている。
枝葉総てを中枢でコントロールしているからこそまかなっていられる。
「お前がいればもっと楽できるのにな」
こんな呟きは夕暮れの雲の彼方へと消えていく。
「陛下、そろそろ行きませんと」
「うん、ごめん」
たそがれる主を促すオーギュスト侯爵はエアカーの扉を閉じる。
超高速ハイウェイを通り抜ければ景色は一変する。
それでも地上より濃い空はどこから見ても変わらないだろう。
光皇一行は幻像宮近郊へと出ると更にその中へ吸い込まれていった。
この天空に浮かぶ巨大な都市国家の中にも彼の離宮が幾つかある。
きわめてプライベートに使うマルドゥク小宮の回廊の先、天照帝が待ちわびていた。
「おとなしく部屋で待っていればいいのに」
きっといてもたってもいられなくて落ち着かず、廊下まで出て来ているのだろう。そう思うと思わず小さく噴き出して笑いが込み上げてくる。
「遅いじゃないの、アクシオン」
「これは失礼いたしました、我が君。部屋でお待ちいただければ」
人間的な会話だ。
それでいて不自然な二人は人ではない。
じっと見つめる瞳に帝はすねた仕草でブっと頬を膨らませてそっぽを向く女。
「また影かと疑っているの?」
「いや、そんなものすぐに見破れるから。電話の声で表情も分かる僕だよ」
そういって腰に手を回すと額に口づける。
下賤な男女の会話かも知れない。
女の言葉を封じるおまじないだろう。
美しく妖しい美しさを誇る天照帝。普段、その絶大な権力と魔力とは裏腹に女と見られる皇帝だが、今夜はどう見ても女性。もっとも美しさでは追随を許さぬ光皇アクシオンが相手だけに一層そう見えて自然だった。貴族だけに男娼なんて趣味の方もいるだけに。
ガウンを羽織って夕凪にたたずむ二人は神話からこぼれ落ちた恋人のよう。
吟遊詩人が見たら狂喜して陶酔し、唄を綴ったことだろう。
柔らかな風が吹き抜ける。
哀れな瞳が潤んでいた。
一言耳もとでつぶやいて彼女を抱き寄せた。
帝も王も動かずに互いの体温を感じあう。(そんなものがあれば・・・)
「この前はハイブレンの力だな。分身を作って・・・いい思い出だよ、襖の向こうから嫉妬の視線をほとばしるのもね」
「私をじらすためにわざと騙されていたのね」
「面白いじゃないか」
二人は暫くして離宮へと中庭の中の小道を腕を組んで寄り添い歩いていった。
「酷い人ね」
AKDのトップが重なり睦み合う。
「そうやって私を弄ぶ・・・」
ベッドの中でアクシオンの身体を求める天照。その胸に頬をうずめて安心して目を閉じる。
灯りは壁際のランプだけ。
通常、天照帝は身分を隠して遊ぶ時の姿としてグリース太守のレディオス・ソープ(雄・雌)となってアクシオンの吟遊詩人オスカルを追っかけているが、その他にも分身として「世界の哀の女王」メル・リンスという姿をもつ。出先で互いの妻の目を盗んで情事に及ぶ時にはリンスとアンソニーであることが多い、が、今は正真正銘の天照帝とアクシオン王である。
これも心の無い人形、天照をあやつる人形使いアクシオンの趣味であり嗜みといえよう。その実、裏の支配者として君臨しているのだ。
昔から言われている。表の顔はアマテラス、裏にはアクシオンと。
今宵もアクシオンは天照を抱くためにこの浮遊島へ来た。こうしてAKDの政治は動かされている。
この宮殿の一角には当分侍女達すら近付くことはない。護衛の騎士も遠巻きに周囲を警戒しているだけであった。しかもこの時に限ってはバイストンウェル王国のイースやラセーヌ騎士団とグリース王国のゴーズ騎士にミラージュ騎士団が合同であたっているのだ。
ちなみに近くの別邸ではAKDの行政官達も詰めており、いつでも政策に対処できるようにしているのだった。
城ですればいいのに。